がんぶろ

生存記録兼報告ブログ

初期の思い出を探しに

帰阪時はお馴染み「思い出探しの旅」を。んで今回は「初期の思い出の地」を訪れる事にしてみました。でまずは大学入学から10数年間居住した「北摂」時代の頃によく行った万博公園に。



はい、万博公園と言えばまずは「太陽の塔」であります。久々に現物とご対面。やー、かっけーっすなあ。ちなみに平日の午前中なのでまだ閑散とした公園内でありました。って事ではい、



至近距離にて「太陽の塔」を見上げながらぐる〜りと周回してみました。こんな至近距離でじっくりと「太陽の塔」を見るのも久し振り。間近でもかっくいーっすなあ。



んで、「太陽の塔」を存分に堪能した後は次なるお目当ての「みんぱく」こと「国立民族学博物館」へと。でまずは丁度開催していたこの→ 特別展を。いやあ、偶然とは言えコレがなかなか宜しゅうございましたわ。アフリカの彫刻家、エル・アナツイさん。酒とかのアルミフタをぺったんこにしたのを繋ぎ合わせてまるで織物みたいにした作品が圧倒的でしたけど、個人的に妙に気に入ってしまったのが、



コレとか、



コレと言った、木の彫刻作品でありました。色調と形が妙にお気に入り。素敵っす。で、特別展をしっかりと満喫した後は常設展の方へ。圧倒的な量の展示物群との、久々の「対決」(笑)であります。いやあもうココね、展示物がめっちゃ多いんで、いつもしっかり鑑賞する意気込みで臨んでもその情報量に負けて、途中から「流して」しまうんですよねえ。



でいざ出陣!のエントランス付近で企画展示されていたモノの中にコレがありました。『エビの棺桶』だそうです。コレを見た刹那、「あ、やっぱり俺は死んだらコノ棺桶に入るべきやなあ…」(笑)と思った次第っす。んで、気持ちを引き締めてその圧倒的な量の展示物群との「対決」に臨んだのでありますが…やっぱダメ(笑)、途中で頭がクラクラして、やっぱり途中から「流して」しまいましたとさ。いやあもう「お腹いっぱい」状態で「みんぱく」満喫っす。


んでその後は公園内の紅葉を楽しんだ後、お昼過ぎに万博公園を後に。まだ時間があるのでお次ぎは何処に…と考えた結果、丁度帰る方向だしって事で、京都の伏見稲荷へ向かう事に決定。大学に入学して初めての大晦日、酔った勢いで終日運転の電車で行って、門前にあるお店でまるで「グロ画像」な、「羽をむしり取ってシンメトリーに開きにされた姿そのまんまな雀の焼き鳥」をぎゃーっと言つつ酒を飲みながら食べて、そのインパクトが強烈で、『これから大晦日は伏見稲荷に初詣して雀の焼き鳥を恒例行事にしよう!』と皆で盛り上がったものの、結局翌年は行ったけど3年目は面倒だから止めてしまった…ああ、思い出話が長いな…まあそんな懐かしの伏見稲荷に行く事にしたのでありました。思えばその2回目以降の訪問なんで、20年振り(!)なのでありました。



で、約20年振りの伏見稲荷再訪。案の定、20年前のあの時の記憶とは違って現実はエラく質素だったのでありました。もうね、私の記憶ではこの参道の両側がぎっしりと「雀の焼き鳥屋」さんで、店の前にはその「羽をむしり取ってシンメトリーに開きにされた姿そのまんまな雀さん」がどわーっと紐で吊るし下げられていて、軒先でこれ見よがしに雀を焼く煙で参道はもうもうと…みたいな、そんな記憶だったのですけど、現実はいたって静かな参道。雀の焼き鳥を出しているお店も記憶よりめっちゃ少ないし、店の軒先には「雀の開き」も吊り下げられていないしで、「あれ?エラい記憶と違っているなあ…」と思いつつ神社の境内へと向かったのでした。



でもってこの伏見稲荷名物の「千本鳥居」も久々にくぐったのでありますが…やっぱ昔の記憶と違ってやけに短いような気が。もっと長くて延々と続いていたような気がしてたんですけどねえ。そんなこんなで、昔の記憶がいかに曖昧であるかを噛み締めつつ、昨日に引き続き「運」をいただくべく、しっかりと参拝させていただいて20年振りの伏見稲荷参拝は終了。京阪伏見稲荷駅からJR京都駅へ出て、JR京都高島屋の地下で10分並んで私の好きな「阿闍梨餅」をお土産に購入した後に帰宅の途に。余談ですけど「阿闍梨餅」、なんでこんなに人気があるんでしょうかねえ。


てな感じの第2回「思い出探しの旅」でございました。在阪初期の思い出の地巡り+「運」をつかめ!の旅ってところ…ですかな。